人はいつか死にます。
それは、明日かもしれません。
もしかすると、今日かもしれません。
ただ一つだけ言えることは、「いつか必ず死ぬ」ということです。
にもかかわらず、私たちは永遠に生きられるがごとく生きています。
それもいいでしょう。だって、心配しながら生きても楽しくないから…。
けれど、
いつか死ぬのが分かっていながら、「遺りの人生を悔いなく生きている」と、
言える人が、一体どれぐらいいるのでしょうか。
おそらく、多くの人が、「自分の命を使いきってはいない」でしょう。
そうした視点に立てば、
寿命を告げられた人の方が、「本氣で今後の人生を考える」のではないでしょうか。
そうは言っても毎日をそこまで真剣に生きることは難しいかもしれません。
けれど、
たまにでいいので、遺りの人生を本氣で考えてみてはどうでしょうか。
何かが欲しい。といった物欲でもかまいません。
何かを成し遂げたいといった崇高な目的でもかまいません。
大切な人に生き様を遺すでもいいでしょう。
今後の社会に貢献するでも、いいかもしれませんね。
しかし、多くの人が何となく過ごしているのではないでしょうか。
なんとく過ごせることが、人は幸せなのかもしれません。
災害にあった人は、そうした心境に至るのでしょう。
しかし、だからといって無駄に過ごすことと幸せがイコールになるとは限らないのです。
そうしたことを本氣で考えてみてはどうでしょうか。
明日から、お盆が終わり仕事が始まる人も多いと思います。
「その仕事をやりたくない」と感じているのなら、それはどうしてなのでしょうか。
そのやりたくもない仕事を、今後も続けていくのでしょうか。
生活のため、家族のため、老後のため…。
言い訳はいくらでも考えつきます。
しかし、もし医者から「あなたの寿命はのこり1年です」と告げられても、
今の仕事を続けますか?
もし、答えが「NO」なら、これからも我慢して仕事を続けますか?
それを、もう一度、「自分に問いかけてほしい」と思います。
私が、竹林(竹炭づくり)リトリートをやろうと考えたのは、
自分もそうした人生を歩んできてしまったからです。
ただ、情熱も目的もなく過ごす毎日が退屈だったからです。
私は現在、57才です。
あと、何年いきられるのか分かりません。
ただ、たとえ明日しんでしまうとしても、
自分が本氣でやりたいことをしているプロセスは、無駄にはならないと考えます。
むしろ、情熱を持って生きることが楽しくて仕方ありません。
私の命が尽きかけたとき、
「あのときに竹林(竹炭づくり)リトリートを始めて良かったな」
と思える人生でありたい。
一人でも多くの人の「背中を押すきっかけ」が与えられたら、
私の魂(たましい)は喜びます。
そして、輝きます。
あなたにも、そうした目的や使命をもってほしいと願っています。
それが、悔いのない人生を歩むことにつながると信じているから…。
それが、私が発信し続ける理由です♪
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