これまで私たちは、「もっと速く、もっと効率的に、もっと豊かに」と、
目に見える成果や数字を追いかける社会を生きてきました。
いわゆる「地の時代」と呼ばれる、競争の社会です。他人に負けないように切磋琢磨し、
がむしゃらに働くことで、得られた利益や成長も確かにたくさんありました。
私たちの暮らしはどうでしょうか。
ゆとりが生まれるどころか、常に情報に追い立てられ、
生活をするためにせせこましく働き続けてはいませんか?
「効率化によって浮いた時間を、また次の効率のために消費する」――
そんな終わりのないループに、どこか息苦しさを感じている方も少なくないはずです。
便利さと引き換えに、私たちが失った「温かい無駄」
私は現在57歳です。
私が小さかった頃、近くには活気のある商店街がありました。
今のようにスーパーで何でも一括でそろう便利さはありませんでしたが、
そこには確かに「生身の会話」がありました。
「今日はこれが美味しいよ」「風邪はもう良くなったの?」
そんな何気ない言葉のキャッチボール。ここには効率はありません。
しかし、人と人との体温のある繋がりがあり、そこにいていいという安心感がありました。
すべてがデジタル化され、コミュニケーションが「疑似的」になってしまった現代だからこそ、
あの商店街にあった「何気ない談笑」のような時間が、今とても愛おしく、そして必要だと感じています。
「働かざる者、食うべからず」という誤解を解く
社会の仕組みとの「ミスマッチ」によって居場所を失いがちでした。
「働かざる者、食うべからず」という言葉が、
まるで生きる価値そのものを否定する刃のように使われてきたのも、競争社会の歪みです。
しかし、これからは「共生」の時代、そして「風の時代」です。
物質的な豊かさではなく、精神的な豊かさ、
つまり「心のゆとり」や「個性の調和」へと価値観が大きく転換しています。
これからは急速に普及するAIが、人間の代わりに効率的な事務や生産をこなしてくれます。
テクノロジーは、人間をベルトコンベアの部品のように扱うためではなく、
私たちが「人間らしく、お茶をすすりながら談笑する時間」を取り戻すために使われるべきなのです。
それぞれの得意なことや経験を活かして、ありのままの姿で社会に分かち合い、
貢献できるようになります。
50代、第二の人生の足掛かりに。竹林リトリート「かぐや姫」
これまで役割を全うし、がむしゃらに走ってきたからこそ、「これからの第二の人生をどう生きるか」
という不安や葛藤、本音を抱える時期でもあります。
そんな同世代の皆さんが、一度社会のレールから降りて立ち止まり、
自分の本心と向き合える場所を作りたい。その想いから、私は11月より、茨城県稲敷市の自宅で竹炭窯「かぐや姫」を設置し、「竹林(竹炭づくり)リトリート」の指導をスタートします。
- 火を見つめ、鎧を脱ぐ時間:
窯の火をじっと見つめ、竹のはぜる音を聴く。スマホを置いて自然に身を委ねることで、
心の奥底にある「本音」がポロリとこぼれ出します。 - 優劣のない、フラットな繋がり:
竹林整備や炭づくりに、会社の肩書や勝ち負けは関係ありません。
お互いの個性を認め合い、ただお茶をすすりながら、
他愛のない談笑を交わす温かい時間がここにあります。 - 竹から炭への「変容」を体感する:
ただの竹が、時間をかけて価値ある「竹炭」に生まれ変わる姿は、
これからのあなたの第二の人生の姿と重なります。
効率化のループに付き合うのは、もう終わりにしませんか?
その扉を、稲敷市の静かな竹林で、私と一緒に開いてみませんか。
※1日1組限定!
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