人は大切な人たちに何かを遺したいと思います。
例えば、子供の将来を案じ、財産を遺す人もいるでしょう。
しかし、私の母は「人としての大切な生きざま」を遺してくれました。
私の母は、もうこの世にはいません。
4年前に亡くなりました。
その母は認知症と寝たきりの状態になり、4年間自宅で介護をしました。
母は最期の最後まで、私に生きざまを遺しました。
そのエピソードをお伝えします。
何か心に響くものがあれば嬉しいです。
4年間、介護をし医者に「最後まで自宅で看取りたい」と告げましたが、
もし、自宅で亡くなった場合、警察がきて検視が入る可能性があります。
と告げられ、やむなく入院させることになりました。
2,3週間。点滴生活が続き、夜中の12時少し前に病院に呼ばれました。
そして、母は安らかに眠りました。
その母が亡くなる数日前に、私だけ医者に呼ばれました。
「~医者とのエピソード~」
医者:お母さまの床づれを観たことがありますか?
私:いいえ、観たことはありません。お恥ずかしながら、ヘルパーさんに任せているので。
医者:それでは観てください。
医者:私は長い間、医者をやっていますが、
これほど壊死(えし)した床連れを観たことがありません。
通常は痛みで耐えられなり、死んでしまいます。
しかし、お母さまは必至で生きようとされた。
それは、どうしてだか分かりますか?
あなたに、「お母さまの生きざま見せる」ためですよ。
それも、介護をしていた「あなたに」に…。
この最後の最後まで、お母さんが必死で生きようとしてした姿勢を、
忘れないでください。
そして、生きる指針にしてください…。
通常、私はこのような話はしません。
そして、家族に壊死(えし)のような残酷な状態を見せることもありませんでした。
しかし、お母さまの必死な生きる姿勢に触れ、
どうしても、このことを「あなたに伝えたかった」…。
私はその場で、号泣しました。
母は最期の最後まで、俺を思い、俺に生きる姿勢を示していた。
そのことを、次は俺が紡いでいく番だと…。
そして、私はその母の想いを竹林リトリートの空間を通して、
あなたに紡いでいこうと思います。
母が私に壊死(えし)という壮絶な生きざまを示してくれたように…。
※1日1組限定!
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