人は簡単に手に入れられるものには、価値を感じられません。
だからといって、簡単で手に入ることが悪いわけではありません。
そのことに「あなたが価値を感じられるか」が問題です。
私は現在、11月の竹林(竹炭づくり)リトリートに向かて全力でチャレンジしています。
そこに価値を感じられるまでは、「放置竹林を何とかしたい」という気持ちでやっていました。
それは、やりたいというよりも「やらなければいけない」という義務感がモチベーションでした。
けれど、義務感だけでは「心の奥底からやりたい」という気持ちになりはなりませんでした。
確かに、竹林整備を行っていると、
綺麗になったり、仲間が増えたり、周囲から頼りにされたりします。
そうしたことがモチベーションにはなりました。
しかし、それではどこか無理があったのです。
つまり、「やりたいからやるのではなく、人に頼りにされたいからやっていた」のです。
人に頼りにされることは悪いことではありません。
そして、それに応えることは双方にとってのメリットがあります。
けれど、そのような義務感では継続は難しいです。
それよりも、子供が純粋に遊ぶように、
夢中になれること。
氣づいたらやっていること。
それも時間も忘れるぐらいに…。
そうしたことの方が継続します。
そして、無理がありません。
また、我慢もありません。
ただ、純粋に「やりたい」だけです。
それは、お金のためでもありません。
それは、見栄やプライドでもありません。
まして、褒められたいからでもありません。
また、誰かの期待に応えることでもありません。
私は現在、57才です。
両親は亡くなり、子育ても終わりました。
あとは、第二の人生として「自分のやりたい活動で生きる」だけです。
私が、こうした状態になれたのは、決して簡単ではありませんでした。
むしろ、どん底で何度も諦めかけた時期があります。
やれどもやれども上手くいかないのです。
けれど、今なら言えます。
簡単じゃないから価値があるのです。
そして、簡単に手に入らないから尊いのです。
また、「簡単に手に入らなくて良かった」とさえ思えます。
簡単に手に入るものであれば、これほど魂(たましい)が震えることもなかった。
これほど、「魂(たましい)から喜べなかった」と思います。
そして、やっていくうちに飽きてしまったかもしれません。
けれど、人生のほとんどの時間を、やりたいこと探しをしてきた私にとって、
今なを、私のように「心からやりたいことを探している人の気持ちが痛いほど分かる」のです。
もし、これが簡単に手に入るものであれば、
私は、これほど情熱を持って取り組むことはできなかったでしょう。
そして、「これからの残りの人生を全て捧げたい」とも思わなかったと思います。
あなたにも、そうした魂(たましい)が震えることをしてほしいと思います。
そして、魂(たましい)が喜ぶことをしてください。
それこそが、あなたが生まれてきた目的になりますから…。
※1日1組限定!
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