人生の目的に目覚める「竹林リトリート」

人生の目的に目覚める「竹林リトリート」

日本で唯一の「夢むすび大明神」として知られる関東屈指のパワースポット【大杉神社(あんばさま)】。その近くで竹炭づくりと竹林リトリートをしています♪

  • 1日1組限定・竹林リトリート
  • 稲敷市 竹林整備事業
  • 竹林整備
  • 竹炭・竹チップの効用
  • DIY
  • 問合せ

人生は50代から再出発の最盛期

いいね! 0 はてブ 0 ツイート LINE

人はいつからでも再出発が可能です。
特におススメなタイミングは50才。
なぜなら、子育てがひと段落した世代だから…。

実際、私は49才までダメダメな人生でした。
38才で安定していた市役所を辞めてから、
10年間で20回以上も転職を重ねました。

中には1週間しかもたない会社もあります。
半年近くも無職でプー太郎だった時期もあります。
今考えれば、20回以上も転職ができたことも凄いことだなと感じます。
しかし、当時は何も続かないにダメな人間と思っていました。

でも、今振り返れると分かります。
自画自賛になりますが、20回以上も転職ができるということは、
それだけの魅力があったともいえるんです。

だって、普通はそんなに転職回数が多い人は雇わないから。
なぜなら、「どうせまた辞めるんでしょ」となりますからね。
実際に面接でも、何度も言われたました…。

20回以上も転職を繰り返すと、
「俺はどこまで落ちていくんだろう…」と、
会社を辞めるたびに自己嫌悪に陥りました。

しかし、49才で転機が訪れます。
日立の会社に契約社員として雇われたのです。
それも初めて体験するコールセンターの仕事。

会社の8割近くが女性の会社です。
「俺にコールセンターの仕事が勤まるのか?」と疑心暗鬼でしたが、
意外にはまりました(^▽^)/

しかし、1年が経過し順調にいっていた矢先、
母が介護になり認知症も併発しました。
当初は要介護2だったのが、あっという間に要介護5。
つまり、寝たきり状態になってしまったのです。

自分の母でありましたし、
20回以上も転職をして迷惑をかけてきました。
ですから、最後ぐらい親孝行がしたいと思いました。

何より、契約社員とはいえ安月給です。
逆に奥さんは保育士を長く勤め園長でした。
また、私より倍近くの給料をもらってました。

ですので、私が社員を辞めパートに変わりました。
親孝行がしたいと思い介護をしていましたが、
実際は、かなりのストレスでした。

例えば、夜中に叫んだり、何度も同じ話を繰り返したり。
そうした状態が繰り返されると、
最初は怒りにまかせて、大声で怒鳴りつけたりもしました。

しかし、怒鳴りつけた後、「俺は一体何をやっているんだ」と気持ちが沈みました。
その結果、「親孝行がしたくてパートになってんではなかったのか」と、
自己嫌悪に陥りました。

4年の月日が流れ、その母も亡くなりました。
自宅で介護ができたこと。
今となっては、最低限の親孝行はできたかなと思います。

母が亡くなってから1カ月近くは
胸の中がぽっかりと穴があいたようになりました。
何も手つかず、抜け殻状態です。

そんなとき、ふと思ったのです。
もう母はこの世にいない。
けれど、母はどこかで俺を見ている。

だったら、「母が喜ぶことをしよう」と思いました。
それから、ふと閃いたのです。
そういえば、母が大切にしていた「あの別宅に住んで綺麗にしよう」と…。
それが現在、私が住んでいる稲敷市の家です。

東京しか住んだことがない自分にとって、
別宅に住む一番のハードルは仕事でした。
なぜなら、東京は求人が沢山あるから。
しかし、田舎はそうはいかない…。

当然ながら、コールセンターの仕事は続けられません。
どうしようかなと思っていたら。
ふと、地域おこし協力隊のことを思い出したのです。

むかし、福島県の移住を考えていたとき、
地域おこし協力隊の募集がありました。
もしかしたら、別宅のある稲敷市でも募集しているかもしれない。
と…。

早速、サイトを検索すると、なんと、締切1カ月前だったのです。
ダメもとで、書類を送ったところ見事に採用となりました。
20回以上も転職を繰り返してきた私にとって、
面接は慣れたものだったのです。

けれど、コールセンターの仕事を辞めることは抵抗がありました。
なぜなら、20回以上も転職を繰り返してきた私の主な原因が人間関係だったから。
実は、日立の社風。そしてコールセンターとの相性。
そして、何より人間関係も良好だったのです。

また、家から徒歩10分という近距離。
さらに、パートなのに有給休暇は40日間もありました。
そして、自給も契約社員のときの日割り計算にしてくれてました。
何から何まで自分にとって最高の状態でした。

そして、信頼のおいている女性の上司に、。
「会社を辞めたいんです」と告げようとした矢先、
なんと、そのコールセンターの仕事と契約していた、
親会社が「3カ月後に契約が打ち切ります」となったのです…。

何という偶然といういか必然でしょうか。
自分が辞めると決め、新たな道を踏み出そうと決めた時から、
全ての歯車が嚙み合ったのです。

コールセンターの仕事そのものの打ち切り。
私の上司は日立のプロパー(本社員)だったので、
そのまま、別の部署へ異動。
そして、仲間たちはバラバラになりました。

そのまま、会社を辞めていく人。
別の部署のコールセンターに行く人。
契約が切れて更新されない人。
いろいろな形で、バラバラになりました。

しかし、私はそのコールセンターの仕事の2か月前から、
地域おこし協力隊の仕事につくことが決まっていました。
しかし、どうせならメンバーと一緒に旅立ちたい…。

そう思っていたら奇跡が起きました。
何と、ダメ元で稲敷市の担当に言ってあった、
「今の会社を辞めるのを2カ月間、待ってほしい。
今まで一緒にやっていた仲間と一緒に辞めたい」のだと…。

市役所は通常は年度初め(4月)からの入隊です。
しかし、私だけは2か月遅れの6月からの入隊となりました。
今思えば、母が亡くなってから全てのことが必然だった。

もっと、すごいこともあったのですが、
話が長くなっているので、今日はこのへんで終わります。

人生に遅すぎることなんてありません。
むしろ、年齢を重ねれば、体験という財産が累積されます。
ですから、年齢はハンデではなく、アドバンテージです。

ですから、あきらめないでください。
自分の人生を見捨てないでください。
あなたの波動が変われば全てが変わります。
それが宇宙の仕組みだから…。

※1日1組限定!
⇒
竹林リトリート クリック♪

運営者情報

【運営者情報】
稲敷市で竹林整備をしています。竹炭の小売り販売もしています♪
私の【21回目の転職物語】はこちら

https://hataraku-jimu.com/wp-content/uploads/2025/06/令和6年度地域おこし協力隊活動報告(野澤隊員)-from-YouTube.mp4

愛称 kataru(カタル)←語り好き
年齢 アラカン
性別 男性
職業 竹林リトリート・ナビゲーター
趣味 夢について語り合うこと
家族 妻、息子

問合せ⇒こちらをクリック

天職に生きる5つのステップ

>天職に生きる5つのステップ

1.3次元の仕組みを理解する

2.自分の思い込みを知る

3.やりたいことを紙に書く

4.日常の中で実践する

5.天職に生きる

Copyright(c) 2026 人生の目的に目覚める「竹林リトリート」 All Right Reserved.

©人生の目的に目覚める「竹林リトリート」