人は当たり前のことが幸せだと氣づきにくいです。
そうした当たり前だと思っていたことが、
当たり前でなくなった時、幸せだと氣づきます。
例えば、震災で家を失ったとき、
暖かい布団で眠れて幸せだと氣づきます。
蛇口をいねれば、当たり前のように水が出てくることが、
どんなに幸せだったのかと氣づきます。
ガスでお湯が沸き、ガスで料理ができることが幸せだった。
炊飯でボタンひとつ押せば、ご飯が炊けることが幸せだった。
電気が通り明るい光の場所で過ごせることが幸せだった。
掃除機で細かい塵を除去してくれることが幸せだった…。
まだまだ、数多くの幸せなことがあります。
けれど、その当たり前なことが当たり前にあるうちは、
現状が幸せなことに氣づきません。
なぜなら、心のどこかで、
その当たり前が当たり前のように続くと思っているから…。
その最も顕著なことは、癌かもしれません。
最近、非常に癌が増えています。
ある日、突然に癌を宣告される。
いわゆるターボ癌というやつです。
今まで、何の異常もない健康体だったと人が、
検査をして、余命宣告を受けます。
それも、残り3カ月などという宣告を受けるのです…。
その余命宣告を受けた人たちは、
今まで普通に生活をしていました。
しかし、その余命宣告をうけた瞬間から、
当たり前が当たり前でなくなります。
家族にどう告げようか。
これからどう生活していくか。
医療費は。
仕事は。
残された大切な人たちは。
…。
そして、そのときに氣づきます。
美味しく食べられていたことが、どんな幸せだったのかと。
普通に生活できることが幸せだったんだと…。
人はいつか死にます。
それは明日かもしれません。
1年後かもしれません。
10年、30年後かもしれません。しかし、確実に言えるのは必ず死にます。
寿命は長いに越したことはありません。
しかし、その貴重な1日1日を、
不平や不満、悲しみなどで心を満たし、
夜も眠れない日々を過ごしたいのか。
それとも、
いつ死ぬかも分からない人生だからこそ、
この一瞬一瞬を大切にしていきていくのか。
そして、できるだけ悔いが残らない人生を送りたいのか。
それが【死生観であり、あなたの生きざま】に繋がります。
人生は、なかなか思うようにはいきません。
しかし、その思い通りにならない人生だからこそ面白いのです。
全てが、パーフェクトになっていたら、
有難みも感謝も芽生えません。
上記にあげたように、
人は不便になって初めて、その便利な有難みが分かります。
人は病気になって初めて、健康の大切さが身に沁みます。
現状の日本を考えてみてください。
贅沢はできないかもしれませんが、
飢えて死ぬ人は限りなく少ないです。
世界には食べられない人が大勢います。
買い物に行けない人が大勢います。
そもそも、ダイソーのように安価なものを手軽に買えない国もあります。
水道をそのまま飲める国は世界の中では少数です。
日本は、山があり川があり、豊富な水源があります。
公園にいけば無料でトイレも使え、水道の水が飲めます。
こんなに恵まれている国の方が、世界では少ないのです。
そのことに氣づかなければ、
私たちの心は不平や不満でいっぱいになります。
そして、たとえ病気になったとしても、
今は生きています。
だから、この一瞬一瞬を大切にしてください。
そして、「今が一番幸せだ」と氣づいてください。
そうすれば、あなたの波動が整います。
そして、その波動と共鳴する人たちが集まります。
その結果、あなたはパラダイスにいる感覚になります。
まずは、「無いこと」の不満ではなく、【有ること】に意識を向けてください。
そうすれば、現状がどれほど恵まれているかに氣づきます。
その結果、あなたは満たされます…。
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