人は一時的には嘘をつけます。
その場をつくろって、周りの期待に応えて、
周りの空気を読んで、かっこつけたりして、
ウソをつきます。
また、自分のエゴを満たすために、
その場しのぎのウソをついてしまうこともあるでしょう。
しかし、一時的には嘘をつけても長期間の嘘はつけません。
特に、自分の魂(たましい)に対しては…。
例えば、私は20回以上も転職を繰り返しました。
なぜなら、生きるために、生活のために。
しかし、魂(たましい)は分かっていたんです。
「おまえは本当にそれでいいのか」と、いつも問われるんです。
けれど、「生活のためには仕方ないでしょ?」
といつも、自分の正直な気持ちに蓋をしてきました。
そうやって、自分にウソをついて50才まで生きてきました。
私は現在、57才です。
やっと、自分に正直に生きています…。
その転換期は母の死でした。
20回以上も転職を重ねてきた自分を精神的・経済的に支えてくれてのは母でした。
その母も、認知症になり寝たきりの状態になりました。
そして、4年が過ぎ亡くなりました。
母は、本氣で怒るとヤクザも震えあがるほどの強烈な人でした。
しかし、そうした強い気性でありながらも、
私のこととなると、母は弱い人間になりました。
けれど、私の前では強い母を装っていたんです。
しかし、私が仕事を辞めるたびに、
母が眠れない日々を過ごしていることは、私には分かっていたのです。
そんな母に心配かけたくない。と思い、
自分の心に蓋をしてきました。
好きでもない仕事でも、母を安心させたくて続けました。
しかし、長くは続かないのです。
なぜなら、魂(たましい)は分かっていたから。
けれど、私には奥さんと息子がいます。
心からやりたい仕事をして生活をしていきたい。
しかし、その仕事が何なのかが分からない。
また、生活のためには稼ぐ必要がある。
そうしたジレンマの中で生きてきました。
その結果、20回以上も転職を繰り返したのです。
けれど、それも全ては1本の線で繋がっていた…。
結局、人は自分にウソはつけないんです。
魂(たましい)は分かっているんです。
仕事を辞めたいというのは、「それはお前のやりたい仕事じゃないよ」
と教えてくれているんです。
けれど、私のように生活のために生きている人が大勢います。
私が20回以上も会社を渡り歩き、
仕事を心から楽しんでやっている人は一人もいませんでした。
一件、楽しそうにやっている人も、
それは、得意なことと仕事が上手く合っているだけです。
得意なことと、本当にやりたいことは似て非なるものです。
本当にやりたいことは、得意・不得意に関係なく楽しんでやれます。
子供のように時間も忘れるぐらいに夢中になれます。
そして、楽しいから続くんです。
だから、結果的には成果も上がり、天才的な力も発揮します。
だって、多くの人がイヤイヤ仕事をしている中で、
自分だけが仕事を楽しんでやっているのだから…。
例えば、
私が本当に楽しいと感じるのは、人と語り合うこと。
それも、心をオープンにして。
世間話的なことも好きですが、
最も好きなのは、
本心について語ってもらうことです。
立場を超えて、優劣を超えて、まして地位や名誉や財産のあるなしに関わらず、
一人の人間として、あるがままの状態で語り合うことに喜びを感じます。
特に、その人が本当にやりたいことに目覚めたとき…。
魂(たましい)が震えます。
そして、
大切な人の存在に感謝ができたり、何を大切にして生きてきたのか。
これから何を大切に生きて生きたいかなど。
その人の本質に触れるときに、魂(たましい)が喜びます。
私は11月から茨城県のパワースポットである稲敷市の大杉神社。
徒歩10分の場所で、竹林リトリートを始めます。
その場所は、縄文時代から祈りを捧げる場所でした。
そうした聖域の場所で、心を鎮め自分と向き合ってもらいます。
ときに、重機を使って童心にかえり、ときにチッパーをつかって竹を粉砕したりもします。
しかし、本当の目的は、ゲストと魂(たましい)のシェアリングをすることです。
そのためのツールとして、
私は2年をかけ手作りで小屋を建てました。そこには11月に竹炭窯「かぐや姫」を設置します。
その窯を使って、火をくべます。
火のパチパチという音、そして、火の力強く燃える姿を見ながら語り合うのです。
そして、手作りの竹炭を使い火鉢で美味しい料理とお酒を酌み交わします。
そうしたマイナスイオンたっぷりの空間で、
あなたと深い語り合いをします。
あなたが歩んできた人生。
あなたを支えてくれた人たち。
あなたに生きざまを見せてくれた師や両親や祖父母など。
そうしたことを踏まえて、
これから、あなたはどのような人生を歩んでいきたいのか。
心をオープンにして語り合います。
さらに、私の最も大切にしている死生観について語り合います。
人はいつか死にます。必ず死は訪れます。
そうした避けては通れない死があるからこそ、
人は、本気で目の前のことに集中できるのです。
それが死生観です。
私の母は、私にいつも2つのことを伝えてくれました。
それは「損して徳とれ(利他の精神)」と
「思えば思われる(無償の愛」です。
そうして、
最後の最後まで、生きざまを見せてくれました。
その母も今は、もういません。
しかし、その母の生きざまと死生観は、
ずっと、私の魂(たましい)に刻まれています。
そして、これからは【私があなたに紡いでいく番】です。
そのために、竹林リトリートを11月にオープンします。
私はまだまだ未熟な人間です。
頭もはげている57才のオヤジです。
背も低く足も短いです。
まだまだ自己肯定感も低いです。
しかし、こうした私でも母の無償の愛に救われました。
だから、大丈夫です。
人生はいつからだって変わります。
あなたがその氣になれば…。
私はただ、あなたの本心を引き出すために語り合います。
そして、あなたが生まれたきた目的に近づけるようにサポートします。
癒しと再生。それが、この竹林リトリートのコンセプトです。
※1日1組限定!
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